トラップ・ビートのリズム構造解析

このテキストは定期的に開催している「邦ロックから遠く離れて」というトーク・イベントのために書いたものだ。毎回テキストを用意して、実際に足を運んでいただいたお客さんだけに公開している。 イベントの告知をしていたら「テキストを購入したいので販売してください」というメッセージをいただいたのだが、 今回は一緒にイベントを行っている張江さんの勧めで一般公開することにした。イベントにお越しになった方で「えー!無料で公開しちゃうの!」と思った方はライブ会場などで鳥居にお詰め寄りください。何かしらの形でお詫びいたします。

「え、無料?全然課金するよ!」という奇特な方がいましたら、気が向いたときにnoteで公開中の記事を購入してください。サポートも随時受け付けています。勘違いなさっている方がいるといけないのではっきりさせておきますが、わたくしは断然ビッグマネーを掴みたいクチです。そのあたりをご考慮いただけると幸いです。

下のSpotifyのプレイリストは今回扱った音源をまとめたもの。ちなみにaikoと山下達郎はSpotifyにありません。音源を聴く場面で実際に聴きながら読み進めていただきたい。

トラップ・ビートが内包するリズムを分析

欧米のヒットチャートでヘゲモニーを握るトラップ的なビートは一聴すると珍奇なようでその実ベーシックなリズムの構造によって支えられているものである。例えばハーフタイム、ダブルタイム、ファンク、クラーベ、トレシージョといったキーワードからトラップを解析していくことが可能だ。トラップが内包するリズムの数々をひとつずつ取り上げたい。

本日取り組みたいものは以下の通り。

目次

  1. トラップは縦ノリ?
  2. “Mo Bamba”と同じBPMの曲を聴いてみる
  3. 倍なのか?ハーフなのか?二層式リズム
  4. トラップのフィールに近いものをファンクから探してみる
  5. ファンクに取り掛かる前にまずサブディビジョンを意識して聴いてみる
  6. We Will Rock Youを細分化
  7. 満を持してファンクに取り掛かる
  8. 水平的16ノート・フィールと垂直的16ノート・フィール
  9. クラーベについてかけあしでさらってみる
  10. サブディビジョンをグルーピングしてクラーベにしてみよう
  11. トレシージョ、3-3-2
  12. バックビートとは?
  13. クラーベ、ファンキードラマーをもとにトラップビートを作成するところをLogicで実演
  14. 脱中心化されたリズムの中心化

いやいや、ちょっと待て。そもそもトラップって何なの?と疑問に思われる方もいるかと思う。けれども「ジャズってなに?」「ロックってなに?」みたいな質問だと考えてここでは捨て置きたい。ほっといても現行のヒップホップを聴いていくうちになんとなくわかるかと思われる。

と言って次に進みたいところだが、やはりそれではあまりにも不親切なので、トラップのビートに限定して、その特徴について少し言及しておこう。まずローランド製のTR-808を用いたディケイの長いキックおよびベース、またはそれらを模した音源が低域を担う。2拍目、4拍目、いわゆるバックビートは808のクラップが鳴らされる。 キックとクラップの間を埋めるのは装飾的に配置されたスネアの音だ。クラップとスネアが中域を担う。そして、トラップで一番耳を引くであろうクレイジーなパターンのハイハットは8分、16分、32分、64分、3連、6連、12連という異なる単位の刻みを組み合わせたもので、これが高域を占めている。だいたいこれらのものがトラップ・ビートの特徴と言えよう。

トラップは縦ノリ?

定期的に開催している「邦ロックから遠く離れて」というトーク・イベントを通じてトラップビートメイキングに取り組むことになった。その際に、”How To Make Trap Beats”というようなタイトルのチュートリアル動画や、プロデューサーがビートメイキングの様子を撮影した動画を視聴して参考にすることが多かった。とりわけFACT MagazineがYouTubeで配信している名物企画”Against The Clock”はトラップと関係なくよく視聴した。”Against The Clock”は10分という制限時間内にビートを作成する企画だ。それににヒップホップのプロデューサー、Zaytovenが出演する回があり、その中で、彼がビートメイキングしている際のノリ方、つまり体の動かし方を観てトラップのノリ方に開眼したところがある。Zaytovenは上半身を縦に揺らしてリズムを取っている。こうやってリズムを取るんだと納得したのだ。

トラップは縦ノリであると強く印象づけたものとして、他にはSheck Wesのライブ動画も忘れがたい。

縦ノリ、そして大合唱。客はトラックの倍のテンポでリズムを取っている。ラッパー本人も同様。むしろトラックのほうがハーフテンポと考えることもできる。なんにせよBPM72とBPM144の二層構造になっているといえる。トラップビートというものは基本的にこの構造になっているといって差し支えないだろう。

“Mo Bamba”と同じBPMの曲を聴いてみる

“Mo Bamba”のBPMは72。BPM72の曲をすこし聴いてみたい。

BPM72周辺

♪ 中島美嘉 – 雪の華(BPM72)
♪ aiko – カブトムシ(BPM74)

いわゆるバラードのテンポ。コンサートにおいて聴衆は左右に手を振ってノってしかるべきテンポといえよう。むしろノらずにじっと歌唱に耳を傾けるのかもしれない。実際のところは不明。次は72の倍、BPM144の曲を聴いてみる。

BPM144

♪ Nirvana – Sliver
♪ Britney Spears – Toxic
♪ Offspring – Pretty Fly (For A White Guy)

早め、いわゆるアップテンポのロック、ポップス。

倍なのか?ハーフなのか?二層式リズム

トラップはこれらふたつのBPMが同居するような感覚を持つ二層式のリズム。こうした感覚を持つトラックは2000年前後からヒップホップ、R&Bにおいて流行した。

♪ Destiney’s Child – Say My Name
♪ Brandy – Never Say Never
♪ TLC – Fanmail

これらのトラックのサブディビジョンは32分音符。スネアを2、4拍目のバックビートだと解釈したときの話だが。早くもあり、また遅くもある。複線的なリズムと言って良い。SMAPの「らいおんハート」のトラックを同じ構造になっている。一方、先ほど聴いたバラードやロックは単線的といえよう。しかし、バラードを倍のテンポでリズムを取ってみるとなんとも言えないおもしろさがある。

♪ いきものがかり – ありがとう

余談だが、J-POPのバラードに倍テンの4つ打ちキックいれて踊り狂うイベントすでにありそうだと感じる。実際のところあるのだろうか。あれば盛り上がりそう。

トラップのフィールに近いものをファンクから探してみる

トラップにリズムの感覚に近い音楽がかつてなかったのか?なかったわけがないだろうと考えたときに、あるタイプにファンクが近いように思われた。それらを紹介したい。したいのだがしかし、その前に周到に取り組みたいことがある。

ファンクに取り掛かる前にまずサブディビジョンを意識してみる

サブディジョンってなんぞやと思う方のために、周辺の用語と併せて説明したい。

・ビート
拍、拍子。BPMとはBeat Per Minuteの略。1分間の拍数のこと。

・サブディビジョン
拍を細分化したものの最小単位のこととする。あくまで、このテキストにおける用法であって一般性は保証しない。

・パルス
脈。用法に幅のある用語だが、ここではビートを細分化したものある単位でグルーピングし、それを連続させたものをパルスとする。イメージとしては周期性をともなった波形。こちらも一般的な用法ではない。

今まではサブディビジョンとパルスをごちゃ混ぜにして使用してきたが、今回からきっちり分けたいと思う。現時点ではこれらの用語についてなんのことやらよくわからないかもしれないが、話が進むうちに意味がはっきりしてくると思われる。

We Will Rock Youを細分化

「ぶんぶんぶん」という有名な童謡をふざけて「ぶるんぶるんぶるん はるちるがるとるぶるん」と歌う遊びをご存知だろうか。これから行うことはこの遊びに近い。

課題曲に選んだのは”We Will Rock You”。最初に足と手を使って”We Will Rock You”のリズムをパターンをみんなで実演してみよう。映画『ボヘミアン・ラプソディ』では「みんなが参加できる曲が欲しいとブライアン・メイが考えて作った曲というエピソードが披露されていた。

♪ Queen – We Will Rock You

|ドンドンパン・ドンドンパン|
|パジェロ・パジェロ|
|めぐろ・めぐろ|

足踏みと手拍子によって演奏されるリズムパターンを聴こえたまま擬音で表記すれば上記の「ドンドンパン」ようになる。下の「パジェロ」および「めぐろ」という表記は日本語でリズムを模したもの。「パジェロ」といいながら再度実演してみよう。

実はこれらの解釈を悪い例として挙げた。この取り方だとロックや飲み会のコールは対応できてもファンクには対応できない。なぜならファンクはサブディビジョンが細かいから。”We Will Rock You”をファンク的に解釈すると以下のようになる。

|どつ・どつ・たつつつ・どつ・どつ・たつつつ|
|きよ・すみ・しらかわ・きよ・すみ・しらかわ|

「つ」の部分は実際には音が鳴っていないものの休符として感じるべきサブディビジョンを示したもの。「きよすみしらかわ」はサブディビジョンを日本語で模したもの。「き・す」で足踏み、「し」で手拍子を打てば”We Will Rock You”のパターンになる。なるのだが、「き・す・し」以外の部分も意識しなければ元の木阿弥。音が鳴っていない部分もしっかりとリズムを取ることを忘れずに。

なお、上記の文字をすべて合わせると16文字になるのはサブディビジョンが16分音符だから。言い換えると。1小節を16等分しているから。4/4拍子の1拍を4等分したと考えたら良い。

サブディビジョンを意識しながら、あるいは「きよすみしらかわ」と言いながら再度実演してみよう。「パジェロ」のときと曲の聴こえ方が変わったかどうか。フレディのボーカルにより接近して聴こえるようになったのではないか。

ちなみに、サブディビジョンについて改めて強く意識したのはモー娘。の加賀楓さんのインタビューをたまたま読んだのがきっかけ。

モーニング娘。’18加賀楓が「リズム」を通して発見したこと

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/29611/1/1/1

満を持してファンクに取り掛かる

おそらくドラムの入門書にはファンクとは16ビートで演奏される音楽というような表記があると思われる。実際その通りだ。なお、すでに書いたがビートというのは拍のことなので、16ビートは本来16拍という意味になる。ファンクは多くのポピュラーミュージックと同様に基本的に4拍子で演奏されるものなので、16拍と言われても何のことを言っているのかよくわからない。そんなわけで、16ビートという用語は使用せず英語式の16ノート・フィールというふうに呼んでいきたい…ところなのだが、面倒なので16ビートと呼んでしまうことにする。ちなみにノートとは音符のこと。16ノートは16分音符を指す。

16ビートの何が16なのかといえばハットの刻み。16分刻みのハットでインパクトをもたらしたのはスライの”Stand!”のコーダ部分。細野晴臣だったか林立夫だったかが衝撃を受けたとどこかで言っていた気がする。

♪ Sly And The Family Stone – Stand!

水平的16ノート・フィールと垂直的16ノート・フィール

16ビートは2種類に分類できる。一般的な16ビートはハットを両手で刻んで1・3拍目にキック、2・4拍目にスネアを入れるというもの。ディスコ・ビートと呼ぶこともある。ドラム初心者が8ビートの次の取り組むリズム。実例を少し聴いてみよう。

♪ Blondie – Rapture
♪ Chic – Good Times

もう一方は右手でハットを16分で刻みつつ2・4拍目にスネアを入れ、さらにスネアのゴーストノートを鳴らしながらシンコペートしたキックを入れたりするパターン。その誕生はディスコ・ビートよりも古い。

♪ James Brown – Funky drummer
♪ Bill Withers – Use Me
♪ Childish Ganbino – Have Some Love

リズムの取り方として、前者が1拍ごとに水平に揺れて取るとしっくりくるものとすれば、後者は1拍につき2回ずつ、つまり8分の刻みで垂直に揺れて取るとしっくりくるものになっている。感覚的な話で恐縮だが、そういうものだと思っていただきたい。

前者を「水平的16ノート・フィール(以下水平的16)」、後者を「垂直的16ノート・フィール(以下垂直的16)」と呼びたい。横ノリ、縦ノリという言葉もあるが、解釈に幅がありそうなのと、あまりかっこよくないので、別称を考えた次第だ。

この二つのどこで差がつくのか考えてみると、パルスの取り分け方にある。つまり16個のパルスをどのようにグルーピングしていくかということだ。

まず、1小節を1枚のピザに見立ててみたい。4拍子なので4等分したのちに、さらに4等分して16切れのピザにする。水平的16では4人にピザを4切れずつ配るのに対して、垂直的16では8人に2切れずつ配る。つまり1枚のピザを4等分するか8等分するかの違いということ。言い方を変えればハット4つでパルスの波ひとつとするのか、ハット2つでパルスの波ひとつとするのかの違いとなる。サブディビジョンが4等分したピザをさらに細かく等分した最小単位だとすると、パルスは人数となる。

リズムアナトミーにお越しいただいた方にはすでにお話したことだが、ここで少しリズムの取り方の基本について説明したい。1拍は基本的にオモテとウラに役割が振り分けられている。4拍子の場合、1拍は4分音符に相当する。それを二つに割って二つの8分音符にする。そして、前半の8分音符をオモテ、後半のそれをウラとする。このオモテとウラをガイドに体を前後、左右、上下に往復させてリズムを取っていく。オモテが往路、ウラが復路。もっといえばオモテで筋肉を脱力させ、ウラで緊張させる。例えば頭を前後に動かしてリズムを取るする際は、力を抜いて顎を前方に突き出すと同時にオモテに突入し、ウラに変化するタイミングめがけて首に力を入れて頭を後方にひっこめる。これがベーシックなリズムの取り方。この往復運動をパルスと呼ぶこともできよう。

水平的16のほうはピザ4切れ分につき1度の往復運動を行う。垂直的16のほうはピザ2切れにつき1度の往復運動を行う。垂直的16は水平的16に対して往復する回数が2倍になる。パルスの幅が短くなった分、波形が鋭角になる。いわゆる縦ノリになるということだ。

水平的16のほうはキックとスネアがオモテのときにしか鳴らないのであまり緊張感がない。逆にいえばノリやすいともいえる。

わざわざピザに例えてみる必要があったのか不明だが、ともかく、サブディビジョンをグルーピングするという考え方はこの後に扱うクラーべにおいても大事なのでしっかりと押さえておきたい。

Sheck Wesのライブ映像を観ればわかるとおり、トラップの乗り方は垂直的16と言っても良い。トラップのフィールに近いファンクを他にも聴いてみよう。4という1拍のサブディビジョンを2つずつにまとめたパルス、つまり1小節を8等分するパルスで構成されたタイプのファンク。

♪ Betty Davis – They Say I’m Different
♪ Funkadelic – Hit It and Quit It

余談だが、パンク寄りのロックの産湯に浸かって育ったミュージシャンはピザを等分してリズムを作っていくという感覚が希薄でどうしてもブロックを積み上げていくようなリズムになってしまいがち。走高跳をすると踏切で歩数が合わなくなり棒につっこんでしまうようなリズム。ドラムでいうとフィルの後の1拍目が遅れてしまう。いいかえれば周期性がないということ。

クラーベについてかけあしでさらってみる

『文化系のためのヒップホップ入門』(長谷川町蔵・大和田俊之)でも指摘があったが、2000年ごろよりサザンヒッピホップの台頭とともにクラーベ的なビートのトラックが流行するようになった。トラップにもそうした感覚が根付いているように感じている。例えば・・・・

♪ Travis Scot – YOSEMITE

クラーベとは大雑把に言ってキューバ音楽で使われるリズムパターンのこと。通常クラベスという木製の拍子木のような楽器を打ち合わせて以下のように演奏する。

|X..X..X.|..X.X..|

ボ・ディドリー・ビートないしジャングル・ビートでもおなじみ。山下達郎の「ドーナツ・ソング」や「ジャングル・スウィング」のパターンといえば話が早いか。ニューオーリンズのセカンドラインと呼ばれるビートもクラーベと同じパターン。

♪ The Rolling Stones – Not Fade Away
♪ Dr John – Iko Iko
♪ 山下達郎 – ドーナツ・ソング

早速クラーベが鳴らされているキューバの音源を聴いてみたい。

♪ Sexteto Habanero – La Loma De Belen

こちらはソンと呼ばれるスタイルのキューバ音楽。ソン初期のヒット曲。1925年にリリースされたSP盤を盤起こしした音源。クラーベには3-2クラーベと2-3クラーベがあり、こちらは前者。

♪ Don Azpiazu – El manisero

こちらは2-3クラーベ。世界中でヒットしたソンの代表曲。日本では「南京豆売り」として有名。 アメリカでは 「ルンバ」として紹介されたが、キューバにおける「ルンバ」は打楽器とコール&レスポンスをベースとした音楽を指す。こちらは1930年のSP盤を盤起こしした音源。

クラーベの由来について決定的なことは言えないが、アフリカから奴隷としてキューバに運ばれてきたエウェ族が持ってきたハチロクないし12/8拍子で演奏されるベル・パターンがスペインから来た白人の2拍子と混ざって生まれたのではないという説が一般的・・・といって良いのだろうか。文献にあたっても決定的なことは書かれていない。だから、あまり迂闊なことは言えない。キューバ音楽は混血の音楽と呼ばれることがあるが、クラーベこそ混血のリズムだといえよう。

♪ Ewe musicians, dancers – Kpegisu

ガーナからナイジェリアに居住するエウェ族のベル・パターンを聴いてみる。12/8拍子で演奏されている。ベル・パターンと4分で打たれるもう一方のベルがいわゆるクロスリズムになっている。

♪ Drums of the Yoruba of Nigeria – Bata Drum

キューバ音楽の誕生に寄与したナイジェリアのヨルバ族のバタドラムの演奏。ハチロクと4拍子のクロスリズム。

|X.X.X..X.X..|

上記のパターンは標準パターンと呼ばれるベル・パターン。これがどのようにクラーベに変化したのか示した音源を作成したので聴いていただきたい。

まず、ベル・パターンとクラーベをそれぞれ2回分ずつ聴いてみる。最初にアゴゴで2小節分カウントいれている。そのあとに演奏されるのがベル・パターン、次がクラーベという順番。サブディビジョンおよびグルーピングを示したパーカッションを音もつけてある。

次に2回分ずつ交互に聴き比べてみる。

今度はサブディビジョンのグルーピングを示した音を抜いたベル・パターンのみ、クラーベのみの演奏を2回分ずつ交互に聴いてみる。

最後はベル・パターンとクラーベを同時に鳴らしたもの。パンを調整して、前者を左に、後者を右に振ってある。

サブディビジョンをグルーピングしてクラーベにしてみよう

クラーベの5つの打点を以下のように解釈してはいけない。

|な・か・め・ぐ・ろ|

これでは日本式の337拍子だったり、「伯方の塩!」のようになってしまう。ただしくは以下のように解釈する。

|うえの・おかち・まち・こま・ざわ・だい・がく|

上記の文字列の「う・お・ま・ざ・だ」でクラベスを鳴らせばクラーベになるということ。「うえのおかちまちこまざわだいがく」と唱えながら「う・お・ま・ざ・だ」のタミングで手拍子を打つとパルスを伴ったクラーベになる。我々は休符を文字通りお休みの箇所だと感じてしまいがちなのだが、実際は音が鳴っていなくともサブディビジョンを感じていなければならない。サブディビジョンをグルーピングしたものだと考えてクラーベを打つことが大事。日本語のアクセントおよび発音で駅名を唱えるとリズムにならないので、まるでロボットかのごとくアクセントをつけず一文字ずつぶつぎりで唱えなければならないことに注意。

クラーベは「33424」と表記されることがある。これはサブディビジョンをグルーピングした数の表記となっている。つまり、3(うえの)3(おかち)4(まちこま)2(ざわ)4(だいがく)ということ。以下のように別の駅に置き換えるとわかりやすいかもしれない。

|めぐろ・えびす・のぎざか・みた・あかさか|

ただし33424というふう表記してしまうと、2-3クラーベを一体どのように表記したら良いのかという問題にぶちあたる。なぜなら2-3クラーベは1拍目が8分休符だから。224332となるのか?最初の頭の2は休符なのだが・・・この問題は今は捨て置く。

日本語は子音が弱いので、あまりリズムを取るために使用するには向いていない気がする。妥協案として以下のように唱えながら取り組んでみると良いかと思われる。

|たつつたつつたつつつたつたつつつ|

クラーベ練習用音源を用意したので、それに合わせてサブディビジョンを意識しながらクラーベを打ってみよう。


クラーベのグルーピングを意識しつつキューバ音楽を再度聴いてみよう。

♪ Septeto Nacional Ignacio Piñeiro – Viva el Bongo

このようにサブディビジョンを意識しながらクラーベを聴くと自然と16分音符2つで往復する垂直的16でリズムを取りたくならないだろうか。この感覚はトラップを聴くうえで大事なことなので、頭の片隅に置いておいていただきたい。

トレシージョ(3-3-2)とは?

トレシージョとはスペイン語で三つ子のこと。クラーベの前半部分をこのように呼ぶ。16分音符8つを3-3-2でグルーピングしたものと考えて良い。例のごとく駅名で表すと以下の通り。

|めぐろ・えびす・みた|

トレシージョは3連符を無理やり2/4拍子に組み込んだしたものとも考えられる。アフリカ由来のハチロクと4拍子のクロスリズムを2/4拍子に落とし込んだものというか、クロスリズムに馴染みのない西洋の人間がそのように聴いてしまったのではないかという話。

クロスリズムは一聴するととっつきにくく感じられるかもしれないが、構造はいたってシンプル。12個のキャンディを6人に2つずつ配ったグループと4人に3つずつ配ったグループが同じ部屋にいると考えればよい。

もう少し具体的に説明したい。まず1小節を6等分して6つの点を用意する。それをさらに2等分して12個の点にする。ハチロクで刻む場合は12個の点を2個ずつグルーピングして6つのグループを作る。4拍子で刻む場合は12個の点を3個ずるグルーピングして4つのグループを作る。図示すると以下のとおり。

|X.X.X.X.X.X.| ハチロク
|X.. X.. X.. X..| 4拍子

例のごとく駅名で表記すると以下のとおり。

|あけぼのばしあけぼのばし|
|ひがしなかのひがしなかの|

上がハチロク(「あ・ぼ・ば」が打点) 、下が 4拍子(「ひ・な」が打点)。

「Groove Pizza」というアメリカの音楽教育家が開発したソフトがある。ピザの形をしたドラムマシーンのようなものだ。こちらを使用してクロスリズムを作成すると、視覚的にもわかりやすくより理解が深まるかと思うので是非確認されたい。

https://apps.musedlab.org/groovepizza/?source=pub&museid=HyITfxDmV&show-grid=true&multi-lock=&brainpop=false&midimap=&

両手で机や太ももなど叩いてクロスリズムを演奏したいときは、以下のように右手でハチロク、左手で4拍子を演奏すれば良い。右手、左手を入れ替えたり、両手、両足に割り振ってとっても良いだろう。

|R.R.R.R.R.R.| ハチロク
|L..L..L..L..| 4拍子

クロスリズムとトレシージョを比較した音源を用意したので聴いていただきたい。

4分のキックは鳴らしっぱなしにしている。2小節あって、最初に演奏されるハットがハチロク。それが2回繰り返された後に、演奏されるハットのパターンがトレシージョ。

少し脱線するがせっかくなのでクロスリズムを使ったアフロファンクを聴いてみよう。

♪ Fela Kuti & The Africa ’70 – Observation Is No Crime
♪ Jingo – Fever

後者は初めて聴いたときにリズムがどういう構造になっているのかまったくわからなかった。おそらくスネアをバックビートだと解釈してしまったから。ドラム単体で聴けばスネアがバックビートになるのだが、他の楽器のパルスを基準にするとスネアが鳴るのは2拍目、4拍目のウラになるからバックビートとは言えない。バックビートは通常2、4拍目のオモテで鳴らされるもの。我々はスネアのタイミング=オモテだと考えてしまいがち。

トレシージョの仲間にハバネラと呼ばれるリズムパターンがある。ハバネラは1800年頃フランス人によってカリブ海に持ち込まれたイギリスのカントリー・ダンスに黒人風のリズム感覚が加わって生まれたリズムで、4分の2拍子で演奏される「タタンタ・タンタン」「ターンタ・タンタン」というリズムが一般的なものだ。白人が作ったアフロ風パターンと言ってよい。

♪ Maria Callas – Carmen “L’amour est un oiseau rebelle” (Habanera)

ハバネラのパターンはトレシージョに2、4拍目(バックビート)がくっついたものだといえよう。ちなみに先程聴いたOffspringの”Prety Fly”のメインのリフはハバネラのパターンだ。

トレシージョはポップスにおいて頻繁に使用されるリズムフィギュアである。ウワモノのループ、ベースのパターンなどで散見される。現在はトレシージョの時代と言って良いほど。ビルボードの常連ジャンルのレゲトンはその代表と言ってよい。

♪ MIA – Bad Bunny Featuring Drake

Sheck Wesの”Mo Bamba”もウワモノのループはトレシージョになっている。

♪ Drake – Passionfruits

ドレイクの”Passionfruits”はトラップではないが、ウワモノのループが3-3-2になっている。

レゲトンとトラップが決定的に違うのはトラップはバックビートを遵守しているところ。

バックビートとは?

説明するまでもないが、2、4拍目に鳴らされるスネアのこと。アール・パーマーの録音を始祖とするのが定説。誕生以来ポップスの定番ビートとなった。昔(50年代ごろの話?)の日本人は2、4拍目に手拍子を入れるのが苦手でロックのコンサートでも1、3拍目に手拍子を入れていたなんて話があるが、本当か?

♪ Fats Domino – The Fat Man

クラーベ、ファンキードラマーをもとにトラップビートを作成するところをLogicで実演

※イベントではLogicの画面を観ながら説明していったが、テキスト上では同じようにはできないので、今回はそれをまとめた音源を聴いていただきたい。

音源はまずアゴゴベルの音色のクリックが2小節あった後以下のように進行していく。それぞれ4小節でひとつの単位となっている。

  1. クラーベのパターンを作成する
  2. クラーベを808のキックで鳴らす
  3. バックビートとして808のハンドクラップを鳴らす
  4. キックとクラップの重なるクラーベの最後の部分のキックを抜く
  5. “Funky Drummer”のリズムパターンを用意
  6. “Funky Drummer”のキックを消してスネアとハットを808で鳴らす
  7. ミュートしていたキックとクラップを戻す
  8. “Funky Drummer”のハットをトラップ的なハットに変える
  9. 完成

これでトラップのベーシックなビートが完成する。もちろん他にもベーシックなパターンは存在する。例えばクラーベの前半の3のほうの真ん中にあたる音を抜いたパターンだ。 ハーフテンポのトレシージョが感じられるパターンといえよう。 後半部分のバックビートとかぶって消した部分を後ろに16分音符ひとつぶんずらすパターンも多い。

脱中心化されたリズムの中心化

以上、見てきたとおり、トラップは様々なリズムを内在させつつそれを撹乱するようなところがある。脱中心化されたリズムと言って良いだろう。刻みの単位がめまぐるしく変化するクレイジーなハットのパターンなんて良い例だ。そして、トラップにおけるラップに3連のフローと16分のフローが同居するのは、トラップのビートの内部で様々なパルスが同時に進行しているからではなかろうか。

おもしろいのは撹乱されたリズムの要素が縦ノリに収斂していったところだろう。トラップがパンクなどの縦ノリでのってしかるべきタイプの音楽と決定に違うところは縦ノリのガイドとなる音がわかりやすく示されていないところだ。敢えて図式的に言ってしまえば、パンクが自ら手拍子している音楽だとすれば、トラップは手のひらをこちらに向けてハイタッチを要求している音楽である。(ここではどちらが偉いとか音楽的に優れているといったことまで言及はしていない。念のため。)我々は自らその音楽に参加する心づもりで聴いたり踊ったりしないことには楽しめない。というか、聴いていても大しておもしろくない。(そんなことを言えば、パンクのライブ、ひいてはどのような場であっても同様ではあるだろうが) 逆にいえば押し付けがましさのない音楽だといえよう。