辛いものより甘いものが好き

スタジオの帰り道、腹が減ったのでご飯を食べようということになり、博多天神というラーメン屋に入った。いつもは「とんこつ」を注文するのだが、その日は趣向を変えて「辛とんこつ」を注文した。コチュジャンともやしが入った小鉢が運ばれ、続いて通常のとんこつラーメンが運ばれた。これにコチュジャンを投入して頂くということである。食べてみるとこれが意外に辛く、食べ終わった頃には口内がヒリヒリして痛かった。

その夜は腹痛で目が覚めてしまいよく眠れなかった。翌朝も電車の中で腹が痛くなったりして大変だった。その夜H Mountainsのライブで顔を合わせた吉田くんに、下痢になっていないかと尋ねたら、帰り道に腹が痛くなり小走りで家に向かったと言っていた。

「辛辛魚」というカップラーメンがある。以前、高野さんから振る舞われ、美味しく頂いたという記憶があったのでファミリーマートで見かけたときに購入した。これが一口目から尋常ではない辛さで大変だった。「ひゃー、ああ、っさー、っさー、ああ!うあ!うぉう!うぉううぉう!っさー!」などと言って辛さをごまかしていたが大して効果はなかった。急いでごはんを電子レンジで温めて、ラーメンと交互に食べることで、なんとか完食した。その夜もやはり腹痛であまり眠れなかった。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」なんてことを云うが、「辛辛魚」の場合、唇、口内、喉、食道から胃腸にかけてずっと辛さに蝕まれることになる。尾籠な話でいささか恐縮だが、肛門まで辛い。

「辛さ」もここまでくるともはや「痛さ」でしかない。味覚よりも痛覚が刺激される食べ物だ。それでも、あえて「辛さ」という、味の範疇に収まるタームを使うのだから、何が何でも食べてやるという気概を感じてしまう。実際、「辛辛魚」を食べた翌日、「今日は美味しく食べられるのでは」という気持ちがどこからか湧いてきて、また食べてしまった。もちろんその日も腹痛で寝付けず、トイレとベッドの往復で夜が明けてしまった。

こんなことを書いていたら、また食べたいという気持ちが湧いてきてしまった。辛さの無間地獄だ。

ところで、肛門まで甘くなるような食べ物ってないよね。

 

ケース考

周りのギターを弾く人に比べると自分はエフェクターに対する興味が薄いかもしれない。エフェクト自体には興味がないわけではないが、エフェクターという機材そのものとなると話は別で、どうにも食指が動かないのだ。昔からそうだったわけではなくて、10代の頃は「ビッグマフってぇのはさぞかしすごい音が出るんだろうなあ!」などと思ったものだが、今となっては周りにそんなことを言う人は一人もおらず、ハンドメイドのものや生産中止のレアなエフェクターの話についていけなくて困っている。

こんなことを言ってしまうと、ギタリストとしての自覚が足りないと人から思われてしまって、昔憧れた機材がらみの取材なんてものは今後一切期待できないだろう。そんなわけで「ギターの機材に対してあまり興味が湧かないマガジン」の創刊が待たれる。

エフェクターに興味をもてないでいるのは、ケースという要因も影響を与えていると思われる。一般的なエフェクターケースの、あの物々しいゴツゴツした形状が気になってしまって、どうしてもあれをもつ気になれない。

「それには共感できる」という人は結構いると思う。実際、アンティークショップで買ったと思しき小型のトランク鞄にエフェクターを詰め込んでいる人などもたまに見かけることがある。それを見てかっこいいなあと思うのだが、自分がやっても人から茶々を入れられるのが関の山だろう。お洒落な人は見た目だけでなく生活態度から徹底しているので、トランク鞄をエフェクターケースに使用することもごくごく自然なものに見える。自分のような半端な者がやったところで、トランク鞄だけがきっと浮いて見えることだろう。こういうときに中途半端な自分が情けなくなる。

なにか良い手はないかと、ネットでエフェクターケースを探しているときに、フェンダー製のツイード張りハードケースを模したものを見てなかなか良いなと思った。たまたま対バンの人が使っていたので、眺めていたのだがどうもしっくりこない。サイズの問題だろう。もう少し横に長ければ印象も変わっていたはずだ。しかし、自分は使うエフェクターが少ないので、横長のそれはまったくもって必要ない。

現在は肩がけできる布製のケースを使用している。買った当時は自転車で移動することが多く、肩がけできるものが欲しくてそれを選んだ。今では年季が入ってかなりクタクタになっており、腰にあたる部分が湾曲を描いている。見た目に関してはまったく気に入っていない。無駄なポケットが邪魔臭い。

無駄なポケットといえばギターのソフトケースにもたくさんポケットがついているが、あれがそれほど必要だとは思えない。そもそもギターのソフトケースというものも、見た目にかなり難があるように思える。一向に洗練される気配がない。

いまだかつてギターケースが「かっこいいもの」として世の人々に認識されたことは一度もない。ギターケースを背負ったロックスターの写真が一枚も残されていないのがその証拠である。ジョン・レノン、ジミ・ヘンドリックス、キース・リチャーズ、ジョニー・サンダース、カート・コバーンがギターケースを担いで格好良くポーズを決めている写真を見たことがあるか。おそらくこれらロックのカリスマたちも、「ギターはいつだって最高さ。だけど、あのソフトケースって代物だけはいただけないな」と思っていたはずだ。

「ギターケースといえばこれ!」という定番になるようなものが一日でも早く作られることを願っている。変なヒモをつけたり、どでかくロゴをいれるなど言語道断である。無難であればそれで良い。そんなに難しいことか。

「ケースを気にするなんて馬鹿らしい。中身であるギターが何よりも大切なのだ!」なんてことをおっしゃる方もみえるだろうから、そういう人のために中が丸見えのビニール製ケースなんてものを考えた。自慢の愛器を見せびらかすことができて、ビンテージギターを所有するお父さんなんかに好評を博すと思うのだがどうだろう。

 

歌う俳優たち/1958年から1964年のヒットチャート

歌う俳優たち(2013年5月10日)

映画の中で俳優が歌を歌うシーンをプレイリストにまとめみた。

これらのシーンをコレクションすることは、ちょっとしたライフワークになっている。映画を見ていて俳優が歌うシーンが出てくる度に検索してはこのプレイリストに追加している。

ミュージカル映画や音楽がメインテーマになっている映画や、劇中で歌われている曲がその映画のための書き下ろしのものは除外している。

普段よく観る映画が2000年以降のものなので、そういった趣向のプレイリストになっている。

お気に入りはエマ・ストーンがエディ・フロイドの「ノック・オン・ウッド」を歌う場面。 同じくマーチングバンド部を従えてヒース・レジャーが歌う「君の瞳に恋してる」も最高。

今後も少しずつ更新していく予定。

1958年から1964年のヒットチャート(2012年1月4日)

一般的にポップスの黄金期とされる1958年から1964年までのアメリカの年間シングルヒットチャートをYouTubeのプレイリストにまとめた。せっかく作ったので、他の人にもどんどん活用して頂きたいと思い公開することにした。

ポップスが聴きたいという欲求が高まったのが一昨年の年末あたり。曲そのものを知っているものは数が限られているので、この時代にはこんな歌手やグループがいて、この作家が曲を書いていて、プロデューサーにはこの人がいて、スタジオミュージシャンには誰々がいて、みたいなことをチマチマ調べながらCDを買ったりしていたのだけれど、もっと気軽に聴く手段は何かないかと考えていた。

ひとまず「曲そのもの」を聴かないことには何も始まらないだろうと思いYouTubeを活用してみることにした。その際に、ヒットチャートというものを「入り口」とした。

モータウンならモータウン、ビーチボーイズならビーチボーイズ、フィルスペクターならフィルスペクターというようにそれぞれ個別に当たっていくよりは、ヒットチャートという一つの場にドゥーワップ、フォーク、カントリー、イージーリスニング、ロックンロール、R&B、ジャズボーカル、コミックソング、インスト等々、様々なものが渾然と並んでいる「何でもござれ」という状況に身を置いたほうが、より楽しく聴けるんじゃないかと考え、別の「入り口」から再入門することにした。

ヒットチャート上の曲を一曲一曲を検索してプレイリストに追加していくのはただの作業でしかなかったが、一度作ってしまえば後はただひたすら聴いていればいいのだから気楽なものである。

これをラジオ代わりにどんどん聴いていこうと思う。

Hits of 1958
Hits of 1959
Hits of 1960
Hits of 1961
Hits of 1962
Hits of 1963
Hits of 1964

※2014/04/21追記

削除されてしまった動画が多く、プレイリストは歯抜けとなっている。

 

カードはいらない袋をくれ

先日、荷物をAV(オーディオ・ヴィジュアル)ショップの紙袋に詰め込んで出かけたところ、会った人に、それはなんだと聞かれたので、今日の荷物だと答えたところ、笑われてしまった。紙袋なんか使ってるのかというのである。また別のときに、携帯や財布、文庫本などをディスクユニオンの袋に入れて持ち運んでいたら、バンドメンバーに笑われたこともあった。みすぼらしいからやめたほうが吉、との忠告をくれた。

中高生の時分、洋服屋の袋に体操着をつめて登校する者が多かった。男子ならBEAMS、女子ならHYSTERIC GLAMOURなどのビニール袋を肩に掛け通学路を闊歩していた。自分もその一員であった。その名残だろうか、お店でもらった袋類をとっておく癖がついてしまった。ケチくさいと云って笑う人もいるかもしれないが、大量のCDを買い取りに出しにいくときなんかに重宝するので紙袋も侮れない。お店の人も気を使って「紙袋はこちらで処分いたしましょうか」などと聞いてくれることもある。荷物が減って大助かりである。

様々なシーンに対応できるほど鞄を豊富に所有しているわけでないので、いつもより荷物が多いときなんか困る。それもたまのことだから新たに購入する気も起こらない。袋となれば多種多様のサイズを取り揃えているので、現状困ることはないのである。大小いくつもの鞄を揃えておくのが大人の嗜みであるとは思うのだが。

一方で、「男子たるもの手ぶらでまちをゆけ」というようなことを言う人もいる。たしか西洋の服飾文化に詳しそうな人の本に書いてあったと記憶する。たしかに英国紳士の出で立ちを想像してみても、トートバッグの類を持ったところはあまり浮かんでこない。アメリカの男子代表であるところのカウボーイが持っているものといえば、腰にぶら下げたピストルとウイスキーの小瓶ぐらいなもんで、リュックサックを背負ったカウボーイが登場する西部劇なんてのはついぞ目にしたことがない。所を日本の移してみても、巾着袋を手首に下げたお侍さんなどは想像しにくいし、服飾文化の権威が言っていることもあながち間違いとはいえないだろう。

そうはいっても、財布や携帯などの細々としたものをズボンのポケットだけに納めようとするとこれが大変である。ジーンズのお尻がパンパンに膨れ上がっている様はなかなかに不格好だし、ポケットからはみ出した財布から、飲食店のポイントカードやら病院の診察券やらがさらにはみ出しているところを見ると情けない気持ちになってくる。

そもそもの話、財布の中身がカード類で今にもはち切れんばかりになっているのが問題なのだ。最近はだいたいどこへ行ってもやたらとカードをもたせようとしてくるからいけない。銀行、病院、コンビニ、レンタルビデオ屋、鉄道会社、美容院、漫画喫茶、靴屋、居酒屋など、枚挙に暇がないとはこのことである。

企業側は「あいつら、カードさえ渡しておけば、バカみたいに喜ぶからな!ガハハ!」などと考えているのだろうか。ドラゴンボールやSDガンダム、遊戯王、さらにはポケモンという前例があるとはいえ、あんまりだ。悔しい。

むしろ、そのためのカードダスやポケモンカードがあったとは考えられないか。幼いころからカード慣れさせておこうという魂胆だったのではないか。なんて奴らだ。腹が立ったので財布の肥やしとなっているカードは処分しようと思う。そしてこれからはもう一切ポイント類を貯めないことにする。

しかし、一生のうちもう二度と訪れることがないであろう地方にあるネットカフェの会員証などを見てしまうと、なんだか趣があるように感じられて、これがなかなか捨てられないのだ。

増え続けるカード類と袋類に囲まれてそんなことを思ったのである。

 

街中のフェードイン/フェードアウト

日暮れ頃の新宿駅南口前の通りはストリートミュージシャンが集まるようになっていて、南口から東南口までの間に多いときで5組ぐらいのミュージシャンがいることもある。この通りを歩いていると、天然のフェードイン/フェードアウトが聴けてなかなか楽しい。

ストリートミュージシャンというと、一般的にフォークギターの弾き語りというイメージがあるけれど、むしろそういう人はあまり見かけない。キーボード弾き語りの人、カラオケに合わせて歌う人、バンド編成の人たちなどが多い。バンド編成の場合、ドラムの役割はカホンが担っている。小ぶりのシンバルなども用意されていて機材はなかなかの充実ぶりである。

昨今は、どのような演奏形態をとっていてもマイクとアンプが必須アイテムであるようだ。あるときビートの利いたトラックを流しながらフリつきで歌う二人組が衆目を集めていた。その横にフォークギターを抱えた男性が立っていて、二人をうらめしそうに見つめていたのが記憶に残っている。

東南口の階段を降りて、フラッグス脇のスタバなどが並ぶ通りを歩いていると、ケバブ屋からスパイスの香りが漂ってくる。腹が減っているときなどは、食道がパカっと開き、鼻から胃にかけて一直線に香りが流れこんできて、堪らない気持ちになる。胃の中のひな鳥たちが餌を求めてピーチクパーチク騒ぎ出すのがわかる。

しかし一瞬にしてひな鳥たちは気絶してしまう。ケバブの膜を突き破って棘々しいケミカルな臭いが胃に雪崩れ込んでくるからだ。その臭いを放っているのはケバブ屋の先にあるLUSHである。ケバブにかぶりついて咀嚼すると、LUSHの入浴剤が口中に拡がり、見る見るうちに泡だらけという場面を想像してしまい、思わずえづいてしまう。きっと胃の中のひな鳥たちも泡を食っていることだよ。

件のケバブ屋はもう何日もシャッターが降りたままなので、ひょっとすると店じまいしたのかもしれない。LUSHの近くでテイクアウトオンリーの飲食店を続けるのは難しいことだと思う。ケバブのような香りの強い食べ物なら尚更である。あそこは香りのフェードイン/フェードアウトが味わえる希有な場所だったから残念といえば残念だ。

ところで、香りのフェードイン/フェードアウトで思いついたのだが、DJ、VJに続いてPJなんてのはどうだろう。PJとはパフューム・ジョッキーの略である。なんだか芸能人と結婚できそうな雰囲気が漂う肩書なので、誰かやったらいいと思う。オススメ。

 

愛知県です

私は愛知県出身です。名古屋ではありません。名古屋から南南東へ下ったところにあります碧南市というところの生まれでございます。よくある地方のまちです。

出身地を尋ねられると、「愛知県です」といつも答えているのですが、そうすると「あ、名古屋ですか?」と返される事が多いです。名古屋ではないので最初から愛知県と答えるようにしているのですが、そう返されては二度手間になってしまいます。かといって、いきなり碧南と答えたところで相手からしたら、どこだよ、という話で、これがなかなかに面倒なのです。

さらに面倒なのは名古屋に関する知識が少ないので、美味しい食べ物屋さんなどを聞かれても答えられず、相手を興ざめさせてしまうことです。味噌カツやひつまぶしも日頃よりそうそう口にするものではありません。

母親の職場が名古屋にあったので、幼い頃から訪れる機会には恵まれていました。また、高校生になると友人と連れ立って買い物に行くようにもなりました。しかし行く場所は大体決まっていたので点と点を結ぶ数本の線でしか把握しておらず、地理的にも全く詳しくありません。

方言に関しても面倒が多いです。碧南というところは三河というエリアに属しており、我々が普段使用している方言は三河弁と呼ばれています。光浦靖子さんの訛りは三河弁です。厳密にいうと東三河弁です。碧南の人は西三河弁で会話をします。語尾に「じゃん」「だら」「りん」がつくというものです。三河の人間は、海老フライのことをエビフリャーといったり、ハイライトをヒャーリャートといったりはしません。さすがに名古屋の人も言わないと思いますが。

コミュニケーションの一貫として、相手の出身地をわざと小馬鹿にしてからかってみせることは普段よりよく行われていますが、名古屋弁を馬鹿にされても今一ピンと来ないので、リアクションに毎回困っています。「エビフリャーエビフリャー!」「だみゃあだみゃあ!」などという意味のわからないことを一方的に捲し立てられるのはあまり心地よいものではありません。音声的にもかなり不快です。これは出身地の問題ではありません。試しに松濤在住の幼稚園児に同じことをしても必ず泣くと思います。

かように名古屋に対する心情はかなり微妙なものです。その文化に精通しているわけでもないし、その一方で、人から馬鹿にされれば自分のこととして受け止めざるを得ないのです。名古屋のこととなるとどうも卑屈になってしまいます。

名古屋が小馬鹿にされるようになったのはタモリのせいだと母から聞きました。福岡出身の人に聞くところによると、九州には名古屋を馬鹿にする流れがあるそうです。関ヶ原以来の因縁でしょうか。

ここにきてこういうことを言うのも何ですが、はっきり言って名古屋がどうとか愛知がどうとか人からすればどうでも良い類の話題です。細けぇな、黙って馬鹿にされてりゃいいんだよ、というのが正直な感想だと思います。

アメリカ人に「ヘーイ、ブルース・リー!」と言われれば、「ホアチャー!」と怪鳥音をあげて、カンフーを真似てみせる、そういうのがマナーだと思います。そういったマナーをドメスティックな視点まで拡大する必要があります。ステレオタイプとセルフパロディのキャッチボールこそがコミュニケーションの基本なのではないかと思う今日このごろであります。

 

ぐるぐるとHのカバー

4月6日

さいたまスーパーアリーナに隣接したTOIROというスペースで行われた「ぐるぐるTOIRO」にてライブ。埼玉へ行くのはいつぶりだろうか。

いつかの卒業コンパで、朝まで飲んで、さあ帰ろうという段になって、遊び足りないと言い出す者がおり、皆で付き合うことになった。ひとまず新宿でラーメンを食べて、それからなぜか鉄道博物館へ行くことになり大宮へ移動。開場時間までマックで時間を潰していたのだが、コーヒーを飲んだところ吐き気を催し、トイレに向かうも既に使用中で、やむを得ず洗面台に。それを見た後輩に「ゲロといえば鳥居さん」と長いことからかわれた。

埼玉へ行くのはそれ以来である。小腹が空いていたので、赤羽で電車を待っている間にホームの立ち食い蕎麦屋で食事。一口食べて失敗だと思った。これがきっかけとなり、美味しい蕎麦を探求しようという気持ちが生まれた。今後この気持ちがすくすくと育ってくれることを願っている。

ライブのMCでパスカルズの方も言っていたけど、さいたまスーパーアリーナでやるということで、どれだけ広いところでやるんだろうと疑問に思っていた。当日まで楽しみは取っておこうと思って誰にも聞かなかったし自分でも調べないようにした。室内だと知って腑に落ちた。

ヒカシューを観ているときのこと。ライブ中に、古の民族衣装のようなものを身にまとった女の子がゲストで呼び込まれた。一人はアコーディオンを抱えている。寡聞にして存じあげていなかったが、チャラン・ポ・ランタンという二人組とのことだった。二人を交えて「モスラの歌」と「ハヴァ・ナギラ」が演奏された。これがとても良くて、その後も自分たちのステージがあるというので観たいと思った。

それでチャラン・ポ・ランタンのライブを観たのが、圧倒されてしまった。歌も演奏も上手だし、MCも愉快で笑った。そしてなぜかへこんだ。

先日の「みんなの戦艦」もそうであったけれど、ライブを観て色んな人たちに刺激を受けることが多く、近頃は気が急いている。

4月9日

H MountainsのKJと我らが吉田の生年月日が全く同じということにかこつけてH Moutainsとトリプルファイヤーでライブを行った。誰が言い出したのかわからないが、お互いの曲をカバーしあうということになっていた。Hは「スキルアップ」を、我々は「江ノ島」をカバーした。

Hはしっかり作りこんできていて、その出来は素晴らしいものだった。他のライブでもやるというようなことを言っていたと思うので、気になる人はライブに行って確かめたら良いと思います。

人にカバーされるのは初体験で、企画ものとはいえこれがなかなかに嬉しかった。ライブを観ていて常々感じるのだが、他人の曲を演奏をする人は少ないような気がする。カバー好きとしては皆もっとやったら良いのにと思う。

一方、我々の「江ノ島」は。スタジオにおいて、雑にやってヘラヘラするのだけは避けたいと宣言したものの、最終的にヘラヘラする結果となってしまった。正直悔いが残る。いつかリベンジしたい。

 

陰翳礼讃

10年程愛用しているコンポがCDを読み込まくなった。レンズクリーナーを買ってきて試してみたものの認識すらしない。グーグルで機種名に故障という単語を加えて検索すると、修理の方法について書かれた記事が数件ヒットした。その記事を参考にしながら分解し、中身を掃除して再び組み立てると今度はレンズクリーナーをきちんと認識し音声が流れ始めた。嬉しくなって近くにあったCDを挿入してみると「NO DISC」との表示。レンズクリーナーしか再生しないコンポの存在意義とは。

先日、久々に中野ブロードウェイに行った際にFUJIYA AVICを覗いてみると中古のCDレシーバーが手頃な値段で売られていた。1日悩んで購入を決意。家に帰って早速設置し、ひとまずベタにスティーリー・ダンの「エイジャ」を再生してみる。気合が入った音でなかなかによろしい、と思ったがボリュームが大きめに設定されていただけであった。特に文句はないが、ひとつだけ頂けないのはスイッチを入れるとボリュームノブの上部が青白く光るところだ。昨今は電子機器というと何にでも青色LEDがついてきてかなわない。Amazonで買ったUSBケーブルは認識されるとヘッド部分が青白く光るが、これが邪魔くさくてしょうがない。日本にいる限り国道沿いのセンスから逃れることはできないのだろうか。

最近はすっかりと春めいてきてイルミネーションが撤去されて久しいが、ここ数年冬場になると青白いイルミネーションがよく散見された。新宿駅東口の広場などは植えられている木に青と白の寒々しい電飾が括りつけられていたが、あれを見ると気が滅入るのでよしてほしい。思うにあれは人除けではないか。何となく顕微鏡で見たときの病原菌を想像してしまう。

某私鉄の駅には「結婚したくなるイルミ」などという正気の沙汰とは思えないポスターが貼られていた。ああいうのは誰が取り仕切っているのかわからないがよっぽど美意識に欠ける人物が考えてやっているのだろう。一度でいいから谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」を読んでみてほしい。近世以前の日本人は暗がりに美を見出してきた。「陰翳礼讃」にはきっとそういうことが詳しく書いてあるのだろう。きっとそうに違いない。