遠い所に行きたくない

決まったときはどうにかなってしまうのではないかと思っていたけれど、蓋を開けてみれば楽しい遠征であった。大阪、京都、北海道を三日間で回るというタイトなもので、遠征中に二回ぐらい泣いてしまうだろうと覚悟していたが、泣かずに済んだ。

出発前は細野晴臣の「Choo-Choo ガタゴト」をよく聴いた。林立夫のドラムがすごい。ジガブーばりのバウンス感覚。やはりバウンスには耐え難い魅力があって、この気持ちをどうしたらいいのかもはやわからない。細野晴臣はスウィングとイーブンの混じったエイトビートを「おっちゃんのリズム」と呼んだけど、「ハネ」はやはり大人の味という感じがする。

タフな行程をなるべく軽快に乗り切るコツは全体を意識しないことにあると最近気づいた。行程を行列に見立てたときに、横から見ると「こんなに並んでるのかよ、うわあ」と気が重くなってしまうが、前方から列に相対すれば先頭しか見えない。というか先頭しか見ないように意識する。それで目の前に現れた行程をこなしていく。JBの「ファンクは1拍目にあり」という言葉を曲解して、これを思いついた。

ものごとは、5拍目、9拍目(そんな数え方があるのかは知らないが)に行くからしんどくなるのであって、4拍やったら次は新しい1拍目、というのを繰り返していれば、何も積み重なっていかないので身軽なままでいられるという考え方である。そんなことをいっても実際には疲れるのだが。マラソンでスタートからゴールまで100メートル走ばりの速さで走ればぶっちぎり、みたいなしょうもない話かもしれない。しかし、音楽に限った話でいえば、ループで構成された音楽を、5拍目、9拍目というふうに、時間とともに起承転結のような何かが進行していると思って聴いたり演奏してもおそらくつまらないのではないか。1拍目とはまさに”It’s A New Day”のことなのである。常に新鮮な気持ちで1拍目に乗りかかろう。一体何の話をしているのか。

ここ最近ずっと風邪のひきはじめのような症状が続いていたから、遠征に向けて、葛根湯を飲んで、よく眠り、あまり食べないようにした。風邪の原因となるものは食べ過ぎと睡眠不足だと思う。早めに対処をしたおかげで出発前には風邪の症状を抑えることができた。

今回の遠征では移動中にマスクをつけていた。ウイルス防止のためというよりは、喉と鼻に潤いを与えるためである。空港の荷物検査で怪しまれたが、マスクのせいだったかもしれない。

遠征にはテレキャスターを持っていった。これが重いのでとても難儀であった。遠征用にDEVOが使っている「鉛筆ギター」を導入しようかと考えている。昔買ったGIGSの企画でPOLYSICSのハヤシさんが自作していたので、DEVOの使っているのも手作りのものだと思っていたが、調べてみると既成品であることがわかった。La Bayeというメーカーの「2X4」というギターである。「2X4」とは住宅に使用される木材のことで、規格寸法材料の一種だそうだ。

これで、このギターがめちゃくちゃ重かったらどうしよう。


 

ヒップホップがハネだしたのはいつからなのか問題(DJ Jazzy Jeff & Mickのミックステープ"Summertime5"を聴いて)

ツクツクボウシの鳴き声を聞いて「夏ももう終わりか」などと思わせぶりな顔をして呟く隙もなく、夏は秋によって彼方へと押しやられてしまったが、相変わらずDJ Jazzy Jeff & Mickによるミックステープ“Summertime”を聴いている。
このミックステープに収められた90年代のヒップホップおよびR&Bのヒット曲のリズムが不思議と体によく馴染んで心地良い。
最新版の”Summertime 5″ではニュー・ジャック・スウィング(以下:NJS)と呼ばれるジャンルの曲が多く取り上げられている。具体的には以下のような曲だ。Wreckx-N-Effect “Rump Shaker (Radio Mix)”Guy “Groove Me”Bobby Brown “My Prerogative”SWV “Right Here/Human Nature”Bell Biv Devoe “Do Me!” “Poison”
NJSは80年代後半に大流行したブラックミュージックのいちジャンルで、2014年現在においてはエイティーズという時代に咲いた徒花という扱いを受けている。肩パッドの入ったジャケットや、スラムダンクのゴリのような髪型、スパッツ、派手な打ち込みドラムにシンセといったトゥーマッチなイメージに鑑みても、さもありなんと思う。
そんなNJSにおけるリズムの特徴は、その名が示すように、リズムがスウィングしているところにある。NJSのリズムは16分の3連符(というより6連符×4拍?)によって構成されており、一般的なジャズのスウィングに比べると、その間隔は細かい。NJSの生みの親であるテディ・ライリーはドラムマシンを用いて1小節を24分割するクオンタイズをかけて細かいハネを機械的に編み出したそうだ。最近そんな事を物の本を読んで知った。
“Summertime”をなんとなく聴いているときに、NJSに限らず多くの曲がハネていることに気づいた。これは主にドラムのキックについてのことで、90年代のヒップホップ及びR&Bはハネたキックがベーシックなものであるということを改めて認識した。
NJSは当時台頭しつつあったヒップホップから影響を受けて作られたということなのだが、その頃のヒップホップってハネてなくないか?と疑問に思った。ランDMC、LL・クール・J、ビースティー・ボーイズなどに対してはロック寄りのいわゆる縦ノリのイメージがある。これを思い込みで済ますわけにはいかないので、NJSの当たり年である1988年を基準に、いつからキックがハネるようになったか、itunes内の音源を年代順に並べ替えて検証してみた。(※ハネたリズムに関してはワシントンDCで流行していたGO GOからの影響が強いということを後から知りました)

“I Know You Got Soul” Eric B. & Rakim (1987)

これはハネているといっていいでしょう。イントロから聴こえるドラムの元ネタはFunkadelicの“You’ll Like It Too”(1981)。

もう一つの元ネタは、JBの相棒、“Sex Machine” (1970)で「ゲロンノッ」と合いの手を入れていることでお馴染み、ボビー・バードの同名異曲、というより「本歌取り」の本歌のほうである“I Know You Got Soul”(1971)。ドラマーはジャボ・スタークス。ジャボは基本的にハイハットがそこはかとなくハネていることが多い。ちなみに定番ブレイクの“Funky Drummer” (1970)で叩いているのはクライド・スタブルフィールド。
これらのネタがそれぞれ左右チャンネルで同時に鳴ってて、しかもセンターに808か何かのキックが足されているというとんでもないミックス。
ラキムはジャズのサックスソロを参考にオフビートといわれるフローを開発したらしいのだが、スウィングとの関連性は如何に。

“South Bronx” Boogie Down Productions (1987)


これはイーブンの16といった感じ。フックの”South Bronx South South Bronx”という部分では”Funky Drummer”が下敷きになっている。上ネタは”Get Up, Get Into It, Get Involved”。その他の部分の元ネタはHarlem Underground Bandの“Smokin Cheeba-Cheeba” (1976)だそうです。
KRS-ONEのラップはドラムのキックとスネアに合わせてアクセントが置かれている。いわゆるオンビートと呼ばれるリズムへのアプローチ。

“Ain’t No Half Steppin'” Big Daddy Kane (1988)

https://www.youtube.com/watch?v=2l2O-JOXG_I
これはハネているといっていいでしょう。元ネタはStax/Volt所属で、後にディスコヒットを飛ばすThe Emotionsによる“Blind Alley”(1972)。元ネタのドラムは癖で自然にハネちゃいましたといった趣がある。アル・ジャクソン・Jrの系譜に置くことができそうな味わいで聞かせるビートの世界観。
ちなみにテディ・ライリーも同じネタを使ってWreckx-N-Effectの”Rump Shaker (Radio Mix)” (1992)という曲をプロデュースしている。”Rump Shaker”のビートの手触りにはDAの”Let yourself go, Let myself go” (1999)を思い出さずにはいられない。
先にも述べたが”Rump Shaker (Radio Mix)” は”Summertime 5″で取り上げられている。テディ・ライリーはこの曲の二番でラップを披露しているのだが、このヴァースを書いたのは若き日のファレル・ウィリアムスで、彼はその頃ライリーの下で丁稚をしていたというのは有名な話だ。同じく”Summertime 5″で取り上げられたライリーのプロデュース作であるところのSWV “Right Here/Human Nature”(1992)にはファレルの”S,double,U,V!”という掛け声が収められている。
ちなみに”Summertime 5″ではファレル関連作のSnoop Dogg “Beautiful” (2003)とJay Z “So Ambitious” (2009)が使われている。
“Ain’t No Half Steppin'”では優しいタッチのフレーズのループに、ESGの”UFO”の不穏なSEが重ねられているが、これが遠くから聞こえてくる街路の雑踏だったり、聴衆の歓声を思わせるから不思議なものだ。この曲のプロデューサーはマーリー・マールで、サンプリング主体でのトラック作りを最初に確立したのはこの人とのこと。

“Nobody Beats the Biz” Biz Markie(1988)


この曲も1988年かつマーリー・マール制作。Biz Markieは”Summertime 5″で前口上を担当している。
イントロの切り貼りされたループがこれぞヒップホップだと思わせる。ドラムの元ネタはLafayette Afro Rock Bandの”Hihache” (1974)という曲。この曲でも808か何かのキックとハットの音が足されている。足されたキックによってハネが強調されているような気がする。クオンタイズされていないヨレたビートの感覚がこの時代のヒップホップの味ではないか。
というわけで、マーリー・マールという人物に改めて注目しなくてはいけない。マーリー・マールの最初期の仕事を調べるとMCシャンの”The Bridge”(1987)にぶち当たった。かの有名な「ブリッジバトル」の引き金となった曲である。 MCシャンのCDを持っていなかったため、ひとまずYouTubeで聴いてみた。

MC Shan “The Bridge”(1987)


まさにこれこそが「原典」だ。
元ネタはThe Honey Drippersの“Impeach the President”(1973)という曲で、これが大大大の定番ブレイクで超有名とのことである。ヒップホップの元ネタサイトWhosampledにはなんと539曲も登録されていた。いやはやモグリもいいところで、甚だ汗顔の至りである。
“The Brigde”が発売された1987年は自分が誕生した年なので、なんだか縁のようなものを感じてしまう。だから90年代のヒップホップ及びR&Bのリズムがしっくりくるんだな、とこの際だからこじつけてしまおう。NJSを子守唄に育ちました、ということはないだろうが、なんか昔のSMAPの曲とかNJSっぽいなにかしらの刷り込みはあるはず。
ところで、初めて買ったアルバムは宇多田ヒカルの「First Love」だ。860万分の1枚は今でも我がCD棚にひっそりと置かれている。そんな売れに売れたアルバムの1曲目であり、宇多田ヒカルのデビュー曲でもあり、テレビ番組「笑う犬の生活」のエンディングテーマとしても忘れがたい”Automatic” (1999)のトラックを聴くと、キックがハネており、しかもNJSよろしく1小節を24分割したグリッド上に音符が配置されている。ハットが16分の6連で鳴っていたりして、聴いていてハッとする。
宇多田ヒカルが出てきたときは和製R&B云々という風に喧伝されていたけど、実際はポストNJS歌謡というべきものだったんじゃないか。コード進行あるし、ループ感もないし。
“Automatic”のリズムトラックの元ネタは、2Pacの“Me Against The World”(1995)であると確信を抱いていたのだが、よく聴けば”Me Against The World”のビートは”Impeach the President”の弾き直しである。その普及の仕方に驚かずにはいられない。まさに不朽のブレイクである。
“Me Against The World”の元ネタはIsaac Hayesの“Walk on By”とMinnie Ripertonの“Inside My Love”。”Inside My Love”はATCQの“Lyrics to Go”でお馴染みの定番ネタ。エレピを弾いているのはジョー・サンプル。”Me Against The World”はもっと素直な使い方でメロー度高し。
ちなみに、”Me Against The World”のプロデュースをしているのはSoulshock & Karlinという人たちで、彼らのプロデュース作にMonicaの“Before You Walk Out of My Life”(1995)という曲がある。これがめちゃくちゃ良い曲で、琴線をくすぐられすぎておかしくなってしまいそうなほどである。和製R&Bと呼ばれていたような曲の「分母」という感じがする。歌っているMonicaは当時15歳。ダラス・オースティンがプロデュースしたデビューシングル“Don’t Take It Personal (Just One Of Dem Days)” (1995)が大ヒットしていた。
日本において「First Love」が空前絶後のヒットを記録していた頃、海の向こうアメリカでは、ティンバランド以降の新奇なビートが流行していた。”Summertime”を聴きまくった耳で、ティンバランド製のトラックを聴くと相当不思議(SF)な体験が得ることができるのでお試しあれ。アメリカ人の琴線は一体どうなっているんだと思う。たとえばJAY-Zの“Big Pimpin’ ft. UGK” (2000)など。
ところで、去年出たジャスティン・ティンバーレイクのシングルはウェルメイドなポップスといった風格ですこぶる良かったです。デヴィッド・フィンチャーが監督したPVもさすがはアメリカ芸能界という風格があった。ああいうものころっとやられてしまう体質なのだ。
※90年代ヒップホップに息づくジャズのスイングする感覚を実演でもって説明してくれる親切な動画を見つけたので紹介します。Rob Brown – Evolution of the Hip Hop Groove