「トリプルファイヤー・リズムアナトミー Vol.2」を経て

去る2月6日に開催された「トリプルファイヤー・リズムアナトミー Vol.2」にお越しいただいた皆様、誠にありがとうございます。
3時間弱もお話してしまい大変申し訳ございませんでした。私はアルバムでも映画でも平均よりもやや短めのものが好きです。最近の映画は2時間以上あるものが多いですが、本当にやめてもらいたい。そんな風に思っているにも関わらずあれだけ長時間喋ってしまうとは。次回があるとすれば、もっとコンパクトにまとめたいと思います。ただ、ゲストの新間さん、西田くん、シマダボーイから勉強になる話を伺うことができたから長くなってしまったことに悔いはありません。張江さんは相変わらず名司会者ぶりを発揮されておりました。華麗なパス回しに感謝申し上げます。
ひとつ心に引っかかっていることがあります。イベントの中で「藤子不二雄タッチのAKIRA」云々と言いました。我ながらなかなかのパンチラインだとは思うものの、こういうものはそこだけ妙に目立ってしまうから前後の文脈から切り離してしまいがちです。それはそれで「ちょっとどうなの」といったところなので、パンチラインも考えものだなと思いました。ちょっとしたお土産にはなるのでしょうが。ただ、文脈から切り離すことはリズムでいえば死ですよ。今回のイベントで話したパンチングマシンに対して繰り出す全体重をかけた一打限りのパンチみたいなものです。パンチラインはリズムの死。これもパンチラインか。
「高田馬場のジョイ・ディビジョン」とか「マンチェスターのトリプルファイヤー」とか「西海岸のはっぴいえんど」とか「港区のバッファロー・スプリングフィールド」とか「カンサスのマナサス」とか「シカゴのボストン」とか「アラバマのナザレス」とか「アメリカのジャパン」とか「日本のU.K.」とか「ヨーロッパのエイジア」とか、こういうものは面白いかどうかは別として洒落としては成り立ってはいます。けれども、ただの洒落でしかない。実際の音楽とは何ひとつとして関係がないと言ってしまえばそれまでです。だから個人的には音楽について考えたり語ったりするときにはキャッチコピーやパンチラインはなるべく使いたくありません。使いたくないのですが、使うと目鼻立ちがはっきりするからその便利さに抗えず使ってしまうことが度々あります。今回も少し躊躇しました。最終的には気分が良くなってしまいストイシズムに徹しきれず。何か上手いことを言ってウケてやろうとする下心が耳を曇らせ、音楽を置き去りにしてしまうことはよくあることです。
自分としては「藤子不二雄タッチのAKIRA」というフレーズが出て来るまでの道程が眼目で、そのフレーズはあくまで副産物でしかない。それ自体には大した意味はありません。だからお土産に喩えるわけです。だって白餡のお饅頭がその土地のお土産であることに必然性なんてないですよね。おいしいといえばおいしいのですが。
SNSにおける人と人とのすれ違いっぷりを見るにつけ、やはり「人には人のTL」があるということを常に意識していかねばなるまいと強く感じます。TLという単語を文脈に置き換えることも可能だと思います。それと同時にそんなものは他人からは見ることができないのだからないに等しいという前提に立って発言することも重要といえます。当てこすりは流れ弾にしかならないといったことも数多の失敗から学びました。
何かを見たり聴いたり読んだりして何かがわかるなんてことは基本的にはありえないと考えておくのが良いのかもしれません。何かがわかったと結論づけることはリズムでいえば死ですよ。「リズム=運動」ということを前提にすれば。だから何一つとしてわからずともひとまず文脈(ベッキー風に言うならセンテンス・パルス?)に沿って絶えず運動し続けなければならないような気がします。
こんなことを書いた後ではなんだか気が引けますが宣伝です。「トリプルファイヤー・リズムアナトミーVol.2、行きたかったけど行けなかった!」という方に向けてイベントにために書いたテキストをNote(有料)で公開いたしました。よかったら購読してみてください。よろしくお願いいたします。


 

【Playlist】CAMPFIRE Vol.1 Feb. 9, 2018

去る2月9日のトリプルファイヤー企画「CAMPFIRE Vol.1」にお越しいただいた皆様!誠にありがとうございます。ご出演いただいた柴田聡子inFIREの皆様にも感謝申し上げます。
さて、恒例の「趣味の押し売り」こと「客入れBGM」のプレイリストです。前回の時点でトーンダウンが始まっていたために初心に立ち返らねばならぬと思っていたものの、やはりトーンダウンは避けられず。今回は以前作って使わなかったものを流用しました。ただ、注いだ熱量は落ちていますが、内容は(選曲ではなくあくまで内容は)素晴らしいので別に良いじゃないかとも思います。とは言いつつもBRUTUSの最新号「サンデー・ソング・ブック特集」を読むと生半可なことはしていらないと改めて思わざるをえない。
どうも何をするにしても自分の中でそれがループ状態になってしまっているようです。正月にテレビを見ていたらみやぞんが台湾でコマ回しに挑戦していました。成功させなきゃいけない日が迫っているにも関わらず、みやぞんは1日オフを取ると言い出しました。みやぞん曰く「フレッシュ感がなくなると嫌なんですよ」。それを見ていて、「あ、それすげーわかるー」と思いました。私はそのフレッシュ感がなくなった状態を「心が死ぬ」と呼んでいます。心が死んだときにムッシュの「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」を聴くとムッシュの語りが重く響いてきます。特に4番の歌詞。3番の歌詞を聴いて自分もそうありたいと強く思い、4番の歌詞を聴いて途方に暮れてしまうことを日常レベルで繰り返しています。それが選曲という行為にも現れているように思います。一体どうすればフレッシュ感が得られるのでしょうか。単純に休めばいいのか。
橋本治は天才という存在について「何遍でも死ねる人」と言っています。ある時期の一瞬において天才的だった自分をセルフパロディしながら生きながらえるのではなく、一度死に、新たな自分を生み出すことを繰り返すこと。これを継続できる人こそが天才だということでしょう。別に自分が天才でなくともそうありたいとは思いますが、すこし気が遠くなりますね。いやしかし、客入れBGMの話をしていたつもりがなぜこんな話題になっているのか。不思議。

  1. Ipasan – Tunji Oyelana & The Benders – Afro Baby The Evolution Of The Afro-Sound In Nigeria 1970-79
  2. Mura Sise – Orlando Julius Ekemode – Afro Baby The Evolution Of The Afro-Sound In Nigeria 1970-79
  3. Mabala – Das Yahoos – Afro Rock (Vol.1)
  4. Lagos City – Asiko Rock Group – Nigeria Disco Funk Special : The Sound Of The Underground Lagos Dancefloor 1974-79
  5. Self Reliance – African Brothers – Ghana Soundz: Afro-Beat, Funk and Fusion in 70’s Ghana
  6. Tint Tank – Afro Soul System – Bambara Mystic Soul – The Raw Sound Of Burkina Faso 1974-1979
  7. Rog Mik Africa – Orchestre CVD – Bambara Mystic Soul – The Raw Sound Of Burkina Faso 1974-1979
  8. Break Through – Marijata – Afro Beat Airways
  9. Sakatumbe – African Brothers – Ghana Soundz, Vol. 2: Afro-Beat, Funk and Fusion in 70’s Ghana
  10. Yem Efe – Tony Grey Super 7 – The World Ends: Afro Rock & Psychedelia In 1970s Nigeria
  11. Agbadza – Uhuru Dance Band – Ghana Soundz, Vol. 2: Afro-Beat, Funk and Fusion in 70’s Ghana
  12. Bukom Mashie – Oscar Sulley & The Uhuru Dance Band – Ghana Soundz: Afro-Beat, Funk and Fusion in 70’s Ghana
  13. Roforofo Fight – Fela Kuti – Roforofo Fight