カードはいらない袋をくれ

先日、荷物をAV(オーディオ・ヴィジュアル)ショップの紙袋に詰め込んで出かけたところ、会った人に、それはなんだと聞かれたので、今日の荷物だと答えたところ、笑われてしまった。紙袋なんか使ってるのかというのである。また別のときに、携帯や財布、文庫本などをディスクユニオンの袋に入れて持ち運んでいたら、バンドメンバーに笑われたこともあった。みすぼらしいからやめたほうが吉、との忠告をくれた。

中高生の時分、洋服屋の袋に体操着をつめて登校する者が多かった。男子ならBEAMS、女子ならHYSTERIC GLAMOURなどのビニール袋を肩に掛け通学路を闊歩していた。自分もその一員であった。その名残だろうか、お店でもらった袋類をとっておく癖がついてしまった。ケチくさいと云って笑う人もいるかもしれないが、大量のCDを買い取りに出しにいくときなんかに重宝するので紙袋も侮れない。お店の人も気を使って「紙袋はこちらで処分いたしましょうか」などと聞いてくれることもある。荷物が減って大助かりである。

様々なシーンに対応できるほど鞄を豊富に所有しているわけでないので、いつもより荷物が多いときなんか困る。それもたまのことだから新たに購入する気も起こらない。袋となれば多種多様のサイズを取り揃えているので、現状困ることはないのである。大小いくつもの鞄を揃えておくのが大人の嗜みであるとは思うのだが。

一方で、「男子たるもの手ぶらでまちをゆけ」というようなことを言う人もいる。たしか西洋の服飾文化に詳しそうな人の本に書いてあったと記憶する。たしかに英国紳士の出で立ちを想像してみても、トートバッグの類を持ったところはあまり浮かんでこない。アメリカの男子代表であるところのカウボーイが持っているものといえば、腰にぶら下げたピストルとウイスキーの小瓶ぐらいなもんで、リュックサックを背負ったカウボーイが登場する西部劇なんてのはついぞ目にしたことがない。所を日本の移してみても、巾着袋を手首に下げたお侍さんなどは想像しにくいし、服飾文化の権威が言っていることもあながち間違いとはいえないだろう。

そうはいっても、財布や携帯などの細々としたものをズボンのポケットだけに納めようとするとこれが大変である。ジーンズのお尻がパンパンに膨れ上がっている様はなかなかに不格好だし、ポケットからはみ出した財布から、飲食店のポイントカードやら病院の診察券やらがさらにはみ出しているところを見ると情けない気持ちになってくる。

そもそもの話、財布の中身がカード類で今にもはち切れんばかりになっているのが問題なのだ。最近はだいたいどこへ行ってもやたらとカードをもたせようとしてくるからいけない。銀行、病院、コンビニ、レンタルビデオ屋、鉄道会社、美容院、漫画喫茶、靴屋、居酒屋など、枚挙に暇がないとはこのことである。

企業側は「あいつら、カードさえ渡しておけば、バカみたいに喜ぶからな!ガハハ!」などと考えているのだろうか。ドラゴンボールやSDガンダム、遊戯王、さらにはポケモンという前例があるとはいえ、あんまりだ。悔しい。

むしろ、そのためのカードダスやポケモンカードがあったとは考えられないか。幼いころからカード慣れさせておこうという魂胆だったのではないか。なんて奴らだ。腹が立ったので財布の肥やしとなっているカードは処分しようと思う。そしてこれからはもう一切ポイント類を貯めないことにする。

しかし、一生のうちもう二度と訪れることがないであろう地方にあるネットカフェの会員証などを見てしまうと、なんだか趣があるように感じられて、これがなかなか捨てられないのだ。

増え続けるカード類と袋類に囲まれてそんなことを思ったのである。

 

Masamichi Torii