もはやせっせとブログなんてものを書いている人などこの世に存在しないのではないか。そんなことをたまに考えたりする。この健気さは傍から見ても随分と滑稽に映るだろう。
「お腹減った」と呟いただけでいいねが1万以上つくようなセレブでない限りインターネットにおいて何かを発信して誰かに届けることなどもはや不可能!こんなことを言うと、中には「いやいやいや、そんなことないっしょ~」と仰る方もいるだろう。そんな人にはこう言いたい。そうだね。
『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』
クレイグ・ガレスピー監督の作品。この監督の他の作品は未見。と思ったが『ザ・ブリザード』はDVDで鑑賞していた。クリス・パインはシャイな役柄のほうが良いと思ったことしか記憶にない。いや本当にシャイだったっけ?
ここ数年(10年、いや20年ぐらい?)、本当に実話ものハリウッド映画が多い。『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』も皆さんご存知の通り実話もので、実在の人物が主人公だ。主人公のトーニャ・ハーディングについて、ライバル選手に怪我を負わせたフィギュアスケート選手であることをぼんやりと知るのみだった。当時その事件についてニュースで見ていた可能性はあるが全く記憶にない。ついでにいうと映画の中でほんのすこし言及されるOJシンプソンが何者なのかいまだによく知らない。ハーディングがトリプルアクセルを成功させた最初のアメリカ人女性であるといったスポーツ選手としての実績について、この映画を観るまで知らなかった。
映画は登場人物たちのインタビューから始まる。もちろん本人へのインタビューではなく出演俳優による模擬インタビューだ。本人に似せて老けメイクを施したマーゴット・ロビー、セバスチャン・スタン、アリソン・ジャニー、ジュリアンヌ・ニコルソン、ポール・ウォルター・ハウザー、ボビー・カナヴェイルらが演じる主要な登場人物たちがインタビューに答えるところをいささか滑稽に演じている。ある種の出落ちといえよう。
キャプテン・アメリカシリーズのバッキー役でお馴染みセバスチャン・スタンはカツラをかぶり禿かかった頭を再現している。二枚目俳優が似合っていない滑稽なカツラをつけるということで思い出されるのはアダム・マッケイの『マネー・ショート 華麗なる大逆転』だ。これも実話ものの映画で、ライアン・ゴズリングがおかしなカツラをつけて登場する。これも出落ちといって良いだろう。さらにゴズリングはいわゆる第四の壁を破りカメラに向かって話かけるが、その手法は『アイ、トーニャ』においても採用されている。第四の壁という単語は『デッドプール』のプロモーションでよく目にしたが、おそらく『アイ、トーニャ』も『デッドプール』ないし『マネー・ショート』のような軽妙なユーモアでもってその悲喜劇を活写したかったのだろうと思われる。
ちなみに『マネー・ショート』にはマーゴット・ロビーが本人役で出演しており、ゴージャスでセクシーなブロンドの美女という鮮烈なイメージを身に纏い、泡風呂に浸りシャンパンを片手にサブプライムローンがいかにいい加減なものか解説するという洒落を披露している。そんなセクシーでゴージャズなマーゴット・ロビーが『アイ、トーニャ』においては芋っぽい田舎娘を演じるというのだからこれも出落ちといえよう。
第四の壁を破るという手法は歴史があるものだし、この世に存在するすべての映画を観たわけではないから、それらを羅列するわけにはいかない。最近の例を挙げると、こちらはドラマだが『ハウス・オブ・カード』も主人公を演じるケヴィン・スペイシーが視聴者に語りかけること度々。『ハウス・オブ・カード』のショーランナーであるフィンチャーの『ファイト・クラブ』もまたエドワート・ノートンやブラッド・ピットが観客に語りかけるシーンが挿入される映画だ。JBの伝記映画『ジェームス・ブラウン〜最高の魂を持つ男〜』でもJB役のチャドウィック・ボーズマンが観客に向かって語りかけていた。これもまた実在の犯罪者の話を元にした映画だが『バリー・シール アメリカをはめた男』ではビデオテープに収めた映像という体ではあったがトム・クルーズがカメラに向かって過去の出来事を語っていた。
マーゴット・ロビーの出世作となったのは、スコセッシの『ウルフ・オブ・ウォールストリート』だ。ディカプリオ演じるジョーダン・ベルフォートのゴージャスな妻役を演じている。この映画もまた主役のディカプリオが観客に向かって語りかける。『グッド・フェローズ』、『カジノ』など、ノンフィクションを扱った作品で回想形式のナレーションをつけるというのがスコセッシの得意技だ。
トーニャ・ハーディングはいわゆるプア・ホワイトで、アリソン・ジャニー演じる口がとても悪くときには手も出る母親に育てられる。またセバスチャン・スタン演じる無知蒙昧で暴力を振るう男と結婚し、顔に痣を作ったり銃を向けられたりもする。主人公が近親者に振り回されるスポーツ映画といえばデヴィッド・O・ラッセル監督の『ザ・ファイター』で、この映画もまた実話ものだ。『ザ・ファイター』の導入部分は『アイ、トーニャ』と同様、クリスチャン・ベールとマーク・ウォールバーグのインタビューから始まる。HBOがクリスチャン・ベール演じるディッキー・エクランドの映画を撮影しているという設定だ。
また『アイ、トーニャ』にはデヴィッド・O・ラッセル監督の『アメリカン・ハッスル』に通ずるところがある。例えば出演者たちの当時の風俗に基づいた今から観ると滑稽に見える衣装やメイク、髪型といった点だ。
『アイ、トーニャ』に登場する曲者たちの中で一番間抜けなのはポール・ウォルター・ハウザー演ずるショーン・エッカートという人物だろう。肩書はハーディングのボディガードとのことだが、とんでもないボンクラ野郎で、あまりのお粗末さに笑いを誘う。
オーストラリア人の監督によるいかにもアメリカ的な「気の利いた実話もののコメディ映画」の技術の粋を集めた『アイ、トーニャ』であったが、映画館ではあまり笑いが起きていなかった。笑いととも迎え入れるべき作品だろう。この映画は絶えずどうぞ笑ってくださいと我々に語りかけていたはずだ。