元気なワンちゃん、Don’t Kill My Vibe

あるとき知人と飲んでいて、「鳥居くんのモチベーションはどこにあるの?」と聞かれた。音楽活動に関する質問だ。なんと答えたのか忘れたけど、改めてその質問について考えると、モチベーションなどどこにもないという答えが浮かんでくる。果たして他の人にはモチベーションを維持すための何かがあるのだろうか。何が楽しくてやっているのか。聞いて回りたい。
小室哲哉が引退会見で「僕は芸能人になりたかったわけではなく、音楽家になりたかった。ヒット曲を作りたかったのではなく、好きな音楽を作りたいと思っていた」と言っていて、ほろりときてしまった。小室哲哉にこんなことを言われたら敵わない。音楽がやりたいという理由で音楽をやったって良いよね別に、と改めて思った。
ただし、音楽がやりたいという理由で音楽をやることにはネックもある。自分がやっていることが音楽であると確信を持てなくなる度に巨大な虚無に包まれてしまうという点だ。こうしている間も暗雲はじわりじわりと迫って来ている。決して視界から消えてなくなることはない。
音楽がやりたいから音楽をやっていると宣言したところで下衆な心の持ち主はなかなか納得してくれないだろう。しかし、色んな女性と関係を持ったり、お金持ちになったり、セレブになったり、他のセレブとお近づきになったりしたいという理由で音楽活動に取り組むという発想は持ち合わせていない。そういう欲求がないのかと尋ねられたら、もちろんそんなことはないのだが、そうした欲求が音楽活動と有機的に結びつくことはない。まずそのようなリアリティが持てない。他人からしてみればわかりやすく俗っぽいほうが経済的で扱いやすいのだろうが、周囲のプロップスを得るために目配せしながら敢えて俗っぽく振る舞うことほど寒々しいことはない。俗っぽくあれという誰かの要求に応える必要などまるでなし。そうしたことを要求してくるコミュニケーションへの帰属意識など害悪でしかないから捨ててしまったほうが良い。捨てられるのであれば。
こういうことを言っていると「鳥居の野郎ときたら、随分と気取ってるネエッ!」と感じる人がいるかもしれない。けれども、気取ることの何が問題なのか。むしろ気取りは良いことだし、居直りのほうが気取りの何倍も情けない。例えば、お洒落なんてどうでも良い、いや、むしろそんなものは気に食わないと嘯いて、ユーモアに溢れたTシャツを着たりするのはあまりにも安直な露悪趣味でしかないし、質の悪い居直りだ。スタバでMacBookを開いて作業をしている人物なんかよりもよっぽど他人の視線を意識して生きている。自意識だの承認欲求だの他人の内面には煩い一方で、自身の内面からは目をそらし続ける。下心など持っていないピュアな心の持ち主のように振る舞う。姿見に自らを映すことは決してしない。そんないい加減でいいのか。
けれども、もうすべてがどうでも良い。面倒臭い。人生得しようが損しようが知ったこっちゃない。結局何をしたって茶番でしかない。茶番を前にすれば、求道的だとか禁欲的だとかいった態度は何も意味しない。そもそもそんなもの有り難いと思っていないし、自らわかりやすい特徴付けをしたり、ヒロイズムに浸ることなど恥以外の何物でもないからしたくない。そこまで面の皮は厚くないと思いたい。
このご時世に真面目な態度で暮らして良いことなど何ひとつとしてなさそうだが、あまりの馬鹿馬鹿しさに悠長に笑っていられなくなれば、自ずと真面目にならざるをえない。すべてが茶番だからといって居直りたくないし、安っぽいシニシズムから現状追認することだけは避けたい。いかにもサブカルっぽい露悪的なユーモアでなんとなくいけすかないものを腐すなんてのはもってのほかだ。「なんとなく腐してる」とでもいうような。ああいうしょうもないルサンチマンを裏返しただけの引きつり笑いは人を無力にする。この先の未来に持っていく必要は全くない。そうした悪貨のようなユーモアに対し、我々は砂漠を湖に変えてしまうほどの唾を吐きかけてやらねばなるまい。さらに言うまでもないが、実情がどうであれ、世の中が悪い、時代が悪いなどといって自己批判の機会を放棄することはかき氷に熱湯をかけて召し上がること以上に間抜けである。この種のくだらないことは平成とともに終わらせてしまうのが吉。
茶番茶番と言いながらも、今取り組んでいることが、ひょっとすると茶番じゃないかもしれないという微かな希望は捨てずにいたいと思う。情熱を掠め取る罠がそこら中に仕組まれていて、意志を貫き通すことはとても困難だ。水は低きに流れるというが、ときに流れに逆らう必要がある。その姿は傍から見れば随分と滑稽に映るだろうが、もうそんなことにかまっていられない。不本意なことを梃子にし、状況を変えるためにただひたすら行動するほかない。例えその取り組みが徒労に終わろうとも。
なんていうことを書き散らして自らを鼓舞しなければやっていけないほどに、モチベーションを高める何かを長いこと見つけることができないまま、無為な毎日を過ごしてしまっている。果たして他の人にはモチベーションを維持すための何かがあるのだろうか。何が楽しくてやっているのか。聞いて回りたい。
日頃からどんなに些細なことでも「わあい!」とか「やったあ!」とか「嬉しいなあ!」とか「本当にありがとう!」と口に出して反応したほうが良いのかもしれない。表情は感情に先立つなんて話もあるが、言葉も感情に先立つものだといえよう。こうなってくるともはや自己啓発だが。スマイル!ハッピー!サンシャイン!地球に感謝!野心を持とう!ランボルギーニ!モエ・エ・シャンドン!タワマン最上階!ワオ!

 

Masamichi Torii